Prologue-1
「近くて、遠い」。この言葉を耳にした時、皆さんが連想するものは何でしょうか。
私にとってこの言葉は、2010年の夏から人生の指針であり、一方でこの本を読んでいる皆さんが知らない時代が来ればいいなと願う、そんな存在です。
東アジア、特に日本・中国・韓国の三ヵ国は、地理的に近く、心理的に遠いと言われます。先の大戦が残した様々な歴史・政治的な問題は、戦後76年たった今でも三ヵ国の社会のあらゆる分野に影を落とし、国と国の関係だけではなく、市民社会においても国民感情の悪化という形で影響が見られます。私は、その関係性を変えたいと強く願い、東アジアの次世代が「近くて、遠い」と言わない社会をつくる、それを夢に、この10年程、1人の思いを持った市民として、走り続けてきました。
本稿では、主に3つのことについて書きたいと思います。1つ目は、なぜ日本に生まれ、ほとんどの時間を日本で育った私が東アジアの平和構築に取り組むのか、私自身について。2つ目は、東アジアの三ヵ国がなぜ「近くて、遠い」と言われるのか。ここについては、歴史問題が大きく取り上げられた80年代・90年代からの特に日本社会における対韓国、中国への国民感情を、主に内閣府が毎年実施している外交に関する世論調査をベースに、歴史的な出来事と紐づけながら見ていきます。その上で、韓国・中国においての対日感情についても同様の傾向が見られることについても触れたいと思います。特徴として、若い世代や女性が日本社会においては対韓国・中国に対して他の世代や性別より親しみを感じる傾向が見られることは、特に未来への示唆として強調したいと思います。そして3つ目は、未来に向かって、私達は何をしていくべきか。ここで言う私達とは、この本を手に取っている皆さん一人一人のことを指します。多くは戦争を経験していない、20代から30代の東アジアに関心のある層と想像しますが、私達一人一人が何ができるのか、考えるきっかけになるよう、現在私が行っている「東アジア平和大使プロジェクト」の例を紹介しながら、それでは私には何ができるだろうかと、アイデアを出すきっかけになればという願いを込めたいと思います。