第002章:絶望ほどではない諦め ―韓国若者のリアル―

韓国のソウルで働く32歳独身の日本人男性

「韓国のソウルで働く32歳独身の日本人男性」これが私の自己紹介である。 するとよく、下記のような質問を受ける。

「なんで日本じゃなくて韓国で仕事してるんですか?」 「K-POPが好きで韓国に来たんですか?」

一問目に関しては、「ただなんとなく居心地がよかったから」が答えとなる。 二問目に関しては、「別にK-POPが好きだったわけではない」が答えだ。

ではなぜ、私は韓国に暮らしているのだろうか。 そもそも、私自身韓国で暮らすことになろうとは、私が韓国の地を初めて踏んだ10年前には想像だにしなかった。

会津の学生が韓国にたどり着くまで

私は福島県の会津地方で育った。高校生の頃に広島に訪れたことをきっかけに、核問題に興味を持ち大学では国際関係を学ぶことに決めた。

そして、学部時代に交換留学でアメリカに行き、韓国人の教授に出会った。国際政治を平易な語り口で話してくれる教授に色々と相談するようになり、その時卒論のトピックについて考えていた私は「インドとパキスタンやイランとイスラエルの核問題を扱いたい」と教授に相談した。すると返ってきた答えは「あなたはアジア人なのだから、北朝鮮をやったらどうだ?」というものだった。今思えば「インドだってアジアじゃないですか!」とも言えたのだが、妙に納得した私は卒論のテーマで北朝鮮を扱うこととした。

交換留学を終えて日本に帰国した私は、早速北朝鮮について学べる教授につき、せっかく北朝鮮について学ぶならと韓国語の勉強をはじめた。そして、せっかく勉強し始めたから一度ぐらい生の韓国語を学ぼうと、大学3年生の冬に初めて、釜山に2週間の語学研修に行ってみた。この時ソウルでなく釜山を選んだのは、ただ単に研修の参加費が安かったからで特段の意味はなかった。

居心地のよい国、韓国

しかしこの釜山での語学研修が今思えば私のキャリアを大きく変えたように思う。熱気があって、人がよくて、食べ物もおいしい。明確な言語化が困難なのだが、何より「居心地がよかった」のだ。そこから大学院ではソウルで1年間学び、すっかり韓国の居心地のよさにハマってしまった私は、4年弱の日本での社会人生活を経て、2019年に韓国ソウルに戻ってきて今にいたる。

この居心地のよさをもう少し分かりやすく説明するならば、下記の2要素になる。

①韓国の持つ良さ(例:韓国料理がおいしい、社会がスピード感を持ちダイナミックなど) ②日本との近さ(例:日本食のレストランも多い、マナーや考え方など日本文化と近似性が高い)

つまり、外国でありながら、まるっきりの外国のようには感じないことに私は居心地のよさを感じているのだと思う。ただ、こんな居心地のよさがいつまで続くか分からないのも確かだ。

「韓国のソウルで働く32歳独身の日本人男性」である私が韓国で長く住み続けようと思うと、まずは安定的な仕事とビザが必要になる。そして、一緒に暮らすパートナーがいれば最高だろう。

ただこれらは簡単ではない。外国人だから簡単じゃないという側面もあるが、韓国人だって簡単じゃないのだ。

3放世代、5放世代

韓国では「3放世代」、そしてそこから派生した「5放世代」という言葉が生まれて久しい。「3放世代」の3は「恋愛」「結婚」「出産」であり、これが5になると「就職」「マイホーム」が加わる。今の若者世代は何重もの苦難の中にある。端的に言えば、職がないから金がない、家も用意できない、だから結婚して出産できないという状況だ。現に韓国の合計特殊出生率は2020年に0.84という世界最低を記録した。(ちなみに日本は1.34)。

こんな事情を日本の年長者に説明すると決まって「金がなくてもつつましく暮らせばいいじゃないか」などと助言(?)を受ける。ただ韓国は世界一養育費負担が重い国ともいわれる。韓国では幼いころから子供が習い事を掛け持ちするなど日常茶飯事だ。

するとまた、「教育にそんなに金をかけなきゃいいだろう」と反論を受ける。しかし、両親の学歴が高いほど、私教育を受けられる機会は増え、両親の所得が高ければソウルにある上位圏の大学に進学できる可能性も高まる。

そんな中で、「俺は貧しい中で頑張って大学にいった」なんて年長者が昔語りをした所で、Latte is Horse(「俺のときはな」と語る年長者を皮肉った言葉)である。

こんな希望のない状況に輪をかけているのが不動産価格の高騰だ。ソウルは至るところに「億ション」が立ち並ぶ。ただこれらの家は新築ピカピカの高層マンションというわけでもない。ソウルのマンションの平均価格は、平均年収の18倍にも及ぶ。東京は新築で13.3倍、築10年の中古で11年というからいかにソウルが突出して高いかが分かる。

しかし、ここで日本人なら「別にマイホームがなくたって結婚はできるじゃないか」となる。さて、結婚に家の用意がなんでいるのだろうか。韓国では長年「男は家、女は嫁入り道具」というのが、新生活を始める新婚カップルの役割分担であった。しかしこれももう、無理なシステムになってしまった。家を丸々男性側で用意するのが難しいからと、女性側が譲歩して「半々結婚」なんて言葉も生まれるようになったが、それでも家の平均価格が億ションなのだから、半分でも東京郊外に一軒家が建ってしまう。ローンを組もうにも住宅ローン金利は約4%で、ローンを組むというのも現実的には思えない。 「絶望、失望」ミスターチルドレンの「名もなき詩」が聞こえてくるようだ。では韓国の若者はそんな状況の中でどう生きているのか。

等身大で生きる

答えはそんなに難しくないのかもしれない。等身大で生きるということに尽きる。「小確幸」という言葉が何年か前から聞かれるようになった。小さいけれど確かな幸せ。村上春樹さんが広めた言葉らしい。もっと最近では、 갓생(ガッセン)という言葉も流行った。God+人生から来た造語で毎日人生を計画的にコツコツ生きることを指す。等身大で小確幸を見つけコツコツ生きる。そんな生き方が韓国若者のリアルな目標なのかもしれない。

片や日本、「20代独身男性の4割はデート未経験」という政府の報告書がネットで話題となった。いわれるのは恋愛離れだけではない。車離れもあれば、酒離れもある。どこからか「何が楽しくて生きてるんだ」との嘆きの声が聞こえてくる気がする。それでも日本の若者はそんな生活にも楽しみを見出す。韓国でも同じだ。

等身大の自分で生きようとする若者は私の周りにも多い。私自身、平均年齢の低い会社で働いているが、個人的には遊びに恋愛に一生懸命なタイプであると自覚している。「アッシー、メッシー、ミツグくん」で構わないというなぜかバブル的感覚を身にまとった私を、周りの20代の女性同僚は「なんでそんな恋愛に熱心?」とばかりに不思議がる。でもその同僚も週末は趣味を楽しみ、友達と遊び、色々な活動に精を出している。バリバリは働かず、コツコツ働く。結婚・出産をゴールにしたガツガツした恋愛からは距離を置く。そんな人が確実に増えている。

日本でも消えかける「体育会系」文化は、そんな日本のスピードの比ではなく韓国では風前の灯火だ。自分の歩幅で生きる。そして、何かにぶつかってふさぎ込んだとしても、それでも自分を肯定しようとする。『死にたいけどトッポギは食べたい』のである。これは韓国で大ヒットしたエッセイのタイトルだが、社会的な「成功」から外れても、自分らしくいきる姿勢は確かな共感を生んでいる。多くの人が『あやうく一生懸命生きるところだった』と壁にぶつかるが『私は私のままで生きることにした』のである。そして、こういったエッセイたちが日本の同世代の共感を生む現象が広がっている。K-POPはK文学まで広がってきた。韓国の若者たちが抱える悩みは、「自己肯定感」という言葉がある種の流行語ともなっている日本にも通底するものがあるのだろう。

過去の正解はもう通用しない

グループ活動を一旦休止するといったBTSのリーダーRMさんが「アイドルというシステム自体が人を成熟させない」という旨の発言をしたことは大きな話題となった。アイドルとして頂点を極めた人が、自分をトップスターにしたシステムそのものを否定する発言をすることは今までなら信じられなかった。ただ、これがこの時代なのではないか。自分自身の内面に向き合いながら生きる若者のリアルがそこにはある気がする。社会に漂う絶望ほどではない諦めをぎゅっと抱きしめながらも、自分の歩幅で生きる。これが韓国の若者のリアルなのかもしれない。

永井 宏志郎 / Koshiro Nagai

1990年生まれ。福島県喜多方市出身。早稲田大学国際教養学部を経て、ソウル大学校国際大学院と東京大学公共政策大学院を修了。キャンパスアジアコース1期生。大学院修了後は、独立系の戦略コンサルティング> ファームに入社し、中期経営戦略の策定・実行支援などに従事。2019年にワーキングホリデーで再渡韓。財閥系の映画関連会社に転職。2020年9月より、オンラインクラスプラットフォームのCLASS101に参画。日> 本展開のための多種多様な事業開発にあたっている。